カナダつれづれ

カナダ在住約40年の筆者がつづる生活情報
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つれづれ随想:知人の突然の訃報に思うこと

佐々木康子さんの葬儀で同年代の人たちの話題は「明日は我が身か」

 

先日の日曜日(1119日)、昔からの知人、佐々木康子さんの葬儀がトロント市スカーボロのハイランド葬儀場で行われました。康子さんは76歳でした。

 

  

▲佐々木康子さんの葬儀会場風景               ▲康子さんの遺影

 

▲中央の写真は佐々木夫妻

 

当日は、康子さんがこれまで5年前に亡くなったご主人の佐々木成喜さんと共に日系文化会館(JCCC)や新移住者協会関連のボランティアを活発にされていたこともあり、多くの参列者が集まりました。

 

康子さんは1023日にトロントを発ち、日本へ行って11月8日にこちらへ戻ってきました。その後、友人の中山あつ子さんが何回も電話をしても出てこないので、東京の妹さんに電話をすると「姉は8日に帰り、トロントに着いてこれからお風呂に入ると電話がありましたよ」と、言われたそうです。

「それはおかしい」と思った中山さんは康子さんのコンドミニアムの合鍵を託されていたので、1110日になって友人の土山悦子さんと一緒に康子さんのコンドミニアムを訪ねました。

すると、バスルームのバスタブにうつ伏せ状態で亡くなっていたのを発見したそうです。すぐにコンシエルジュに連絡し、警察が来て専門のドクターを呼び、検視のため搬送されたそうです。結局、亡くなったのは、トロントに戻った11月8日で、死因はまだはっきりした病名が警察のドクターから来ていないそうです。

 

康子さんにはトロントに親族がいないため、東京の妹さんに連絡し、妹さんとその息子さん(康子さんの甥=喪主)が葬儀に参列しました。

 

今回のことは本当に突然で、多くの人が割合最近彼女に会っているのです。私も新移住者50周年記念のパーティーの時(10月12日)会っています。ちなみにそのパーティー券は彼女から購入しました。

 

葬儀では友人代表で、沖令子さんが生前の彼女のエピソードを涙ながらにお話ししました。「康子さんは何でもはっきり言う方で、私がもたもた料理をしたり、掃除をしていると嫌味を言いながらもパッパとやってくれました。カラオケを歌っていると『歌う人は天国でしょうが、聞く方は地獄よね』と言われました。ゴルフも私の方がずっと経験が多いのに彼女の方が成績は上です。なんでもこなす方でした。まだ亡くなったことが信じられません。どこからか『令子さん、何やっているの?』と、言われそうです」。

 

葬儀の後のレセプションで、用意されたお食事をしながら、話題はもっぱら「人間いつどうなるかわからない」と。そして、「この前、〇〇さんが亡くなった」とか「誰それさんも危ないみたい」という話が中心に。やはり、そんな年齢なんですね。

 

           

 

そういう私も1カ月ほど前の金曜の夜、突然大量の血尿が出て、もうびっくり。特別な痛みはなく、ただ血尿が大量に出るのです。72歳半になる今の今まで「体が丈夫」だけが取りえでした。風邪も滅多に引かないし、手術はスキーでひじを折った以外なし。盲腸もしっかりありますし、常用の薬もなし。ただ、寝付きはいいけれど、夜中に目が覚めて眠れないことが時々あるため、翌日のことを考えてドクターが処方してくれた軽い睡眠導入剤を服用しています。

 

さて、その時の血尿は止まる気配がないので、ノースヨークジェネラル病院の救急へ駆けつけました。待合室には週末とあってたくさんの患者がいました。交通事故のような緊急ではないせいか、かなり待たされ、血液と尿検査をして約2時間後に結果が出ました。「炎症を起こしているので、とりあえず、抗生物質5日分を出しますので服用してください。念のためファミリードクターに連絡して専門医を紹介してもらいなさい」と。

 

当日は薬局が閉まっていたので、翌朝、抗生物質を購入しました。しかし、翌朝には血尿はもうでなくなっていたのです。それでも指示されたように抗生物質を服用しました。ファミリードクターに連絡すると、「抗生物質の服用が終わってからいらしてください」とのこと。

 

その間、自分なりにネットで調べたり経験者などから聞きました。大方は「痛みの伴わない血尿は膀胱がんの可能性が高い」と。私の場合、まさにその通りでした。しかし、「初めての血尿で気がつけば早期発見で手術は軽くて済む」とあり、すぐにスペシャリストの予約をお願いすると、なんと3カ月後の2018年1月末に。私としてはすぐにでも白か黒かはっきり知りたいし、心の準備もあります。

 

その後、ファミリードクターの尽力で2回、血液や尿検査(細胞も)をして、今のところ「悪い兆候はなし」ということ。でもまだスペシャリストの検診は行っていないので、確実に白とは言い切れません。少しでも早い、検診を待っているところです。

 

一番知りたいのは血尿の原因ですが、思い返せば、その頃、体調があまりよくなかったし、睡眠もあまり取れていませんでした。その後血尿は1度だけ、ほんの少しありました。その時もすごく疲れていました。

 

人間の体は微妙です。ましてや高齢になると、それまで何でもなかったことが免疫や抗体の低下で病いを引き起こすのでしょう。今まで「私は丈夫」と自負していたのが総崩れしてしまい、いい薬になりました。もう、何が起きても驚かないよう、心の準備をしています。

 

1122日、ノンちゃん)

 

 

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時事ニュース:ブルージェイズで活躍した名投手

ロイ・ハラデーさんがフロリダで小型機操縦、墜落死

 

大リーグ、トロント・ブルージェイズの投手として大活躍したロイ・ハラデーさん(Roy Halladay)が、11月7日、米国フロリダ州沖のメキシコ湾で小型機を操縦中、墜落して死亡しました。小型機は浅瀬に転覆した状態で発見されたそうです。

 

ハラデー元投手は、コロラド州デンバー出身、40歳の若さでした。1998年から2009年までブルージェイズの投手としてチームに貢献、2010年から2013年までフィラデルフィア・フィリーズでプレーしたあと、引退しました。その間、2003年にブルージェイズ、2010年にフィリーズでと、2度サイ・ヤング賞に選ばれています。

 

2010年5月には完全試合を果たしたほか、同年10月のプレーオフ地区シリーズで無安打・無得点試合を達成し、大きな話題となりました。通算成績は、416試合で203勝、105敗、防御率3.38、奪三振2117

 

ハラデーさんは、引退後は念願だった自家用飛行機を所有して、自ら操縦桿を握っていました。事故を起こした飛行機は、「ICON A5」と呼ばれる2人乗り小型機で、水陸どちらでも離着陸ができるという機能を有しています。購入してからたった1カ月しかたっていなかったそうです。

 

11月8日、色本信夫)

 

コミュニティーニュース:オンタリオ州日本語弁論大会

新しく「新企会・相模原市賞」が設立されました

 

 

▲「新企会・相模原市賞」趣意書の調印を終えて、(右から)服部江理子新企会会長、

    矢吹ソウ典子オンタリオ州日本語弁論大会実行委員会委員、梅沢道雄相模原市副市長

 

毎年春、盛況裏に開催されているオンタリオ州日本語弁論大会(OJSC)に、新企会とトロントとの友好姉妹都市になっている相模原市(神奈川県)が「新企会・相模原市賞」を設立する運びとなり、その趣意書の調印式が、10月30日、新企会元会長の松本ジェームス氏宅で行われました。

 

▲祝辞を述べる伊藤恭子トロント総領事(右端)、(左へ)松本ジェームス氏、

 服部江理子氏、矢吹ソウ典子氏、梅沢道雄氏

 

この賞は、相模原市友好都市親善交流アドバイザーである松本ジェームス氏、瀬戸山チャコ両氏の発案で実現したものです。当日は相模原市から梅沢道雄副市長ら6名が来訪しました。

 

▲「新企会・相模原市賞」を発案した松本ジェームス氏(左)と瀬戸山チャコ氏(中央)

 

調印式では、伊藤恭子(いとう・たかこ)トロント総領事が「今後、この賞を受賞した若者たちが日加両国の懸け橋となることを期待します」と祝辞を述べました。

新企会の服部江理子会長の挨拶に続いて、オンタリオ州日本語弁論大会実行委員会の矢吹ソウ典子氏による同大会に関するプレゼンテーションが行われました。

 

11月7日)

コミュニティーニュース:「トロント新移住者50年の歩み 1967−2017」

新移住者50周年記念誌、希望者に無料配布します

 

 

 

 

▲記念誌の表紙           ▲記事の一部

 

新日系コミッティー(NJCC)・日系文化会館(JCCC)は、今年、戦後日本からのカナダ移住50周年を迎えたことから「トロント新移住者50年の歩み 19672017」と題する記念誌を発刊しました。ただいま希望者に無料配布しています。

 

記念誌には、新移住者の歴史、日系人野球リーグやトロント紅白歌合戦の回想録、日本語学校、年代別の移住者座談会、約70名にのぼる新移住者の方々の寄稿文、各界からの祝辞、戦後移住に関する資料などがカラー写真入りで168ページにわたって掲載されています。

 

希望者は日系文化会館の受付で直接お受け取りください。郵送を希望される場合は送料を申し受けます。郵送料の金額については会館まで日本語または英語でお問い合わせください。

 

                新移住者50周年記念誌実行委員会

 

【日系文化会館】

Japanese Canadian Cultural Centre

6 Garamond Court

Toronto, Ontario   M3C 1Z5

Canada

 

Tel : 416-441-2345

Fax : 416-441-2347

E-mail : jccc@jccc.on.ca

 

(20171024日)

 

 

コミュニティーニュース:トロント初の女性総領事

伊藤恭子(いとう・たかこ)新総領事、抱負を語る

 

▲伊藤恭子トロント総領事

 

10月10日、伊藤恭子(いとう・たかこ)在トロント日本国総領事が着任しました。トロントでは初の女性総領事です。着任早々、1012日には日系文化会館で開催された「トロント新移住者50周年記念祝賀パーティー」で意義深いスピーチを行い、多数の出席者たちと交流を図るなど、精力的な活動を始めています。

 

伊藤総領事は、北海道名寄市出身、上智大学法学部国際関係法学科卒業。1985年外務省に入省したあと、88年オタワのカールトン大学ノーマン・パターソン国際関係研究所修士課程終了。88年から91年までオタワの在カナダ日本国大使館に勤務しました。

 

その後、国連日本政府代表部、在マレーシア日本国大使館、アジア欧州協力室首席事務官、経済連携協定交渉官、人権人道課首席事務官兼国際組織犯罪室首席事務官、開発協力企画室長、在インドネシア日本国大使館参事官、ASAN 日本政府代表部公使参事官、国際報道官などを歴任。トロント赴任の前は2016年—17年に儀典総括官(宮内庁式部官併任)という役職に就いていました。

 

趣味は、琴・三味線などの邦楽演奏、骨董収集、ゴルフ、旅行、スキューバダイビング、美味いもの食べ歩き、と多彩です。また1987年にはカナダ全国剣道選手権大会で優勝という経歴の持ち主でもあります。家族は、カナダ人の夫と2人のお子さん(1男1女)がいらっしゃいます。

 

 

【着任のご挨拶】(トロント総領事館ホームページより転載)

 

10 10 日、トロント総領事として着任いたしました。かつて外務省の在外研修プログラムの2年間をオタワで過ごし、その後在カナダ日本大使館で勤務した私にとって、カナダへの赴任は 26 年ぶり度目となります。夫がオタワ出身のカナダ人であるため、カナダにはこれまで幾度となく訪問してきましたが、カナダ最大の都市トロントにおいて、在留邦人と日系人、あわせて約万人が居住するオンタリオ州を管轄する総領事となる今回の赴任では、その重責に身の引き締まる思いがいたします。

 

本年、カナダでは建国 150 周年が祝われていますが、日本においても今年は明治維新から 150 周年にあたります。同じ年に近代国家としての道を歩み始めた両国ですが、長い歴史と多くの人口を有しながら資源に乏しく、鎖国政策から国を開き始めた島国の日本と、広大な国土に豊富な資源を有し、多くの移民を受け入れながら国家を発展させ始めたカナダとは、極めて対照的であったと言えましょう。その後、異なる歴史の道をたどりながらも、今日の両国は共通の価値観を共有する先進国であり、Gや国連等の様々な場におけるパートナーとなりました。また、両 国を取り巻く国際情勢も変化し、環境、テロ、国際経済、感染症等、共通のグローバルな課題にも直面しています。

 

このような二国間関係を築く上で、日本及びカナダの両国においてこれまで数えきれない 方々がなされた努力に対し、深く敬意を表したいと思います。そして、その方々の拓いてくださった道をさらに踏み進め、より良い日加関係を様々な分野で推進するために、私も微力ではありますが職務に励む所存です。

 

カナダにおける日本についての理解の促進、両国間の交流の活発化、日本企業や日本の地方自治体による海外での活動支援、在留邦人やカナダに渡航される日本人の方々の安全確保等、総領事館のなすべき職務は多岐にわたりますが、皆様の御支援やご助言も受け、皆様とともに協力して取り組んで行きたいと思います。

 

明年は日加外交関係樹立 90 周年を迎え、日加間の交流もますます活発に行われる予定です。そのような時期にこの地において、皆様と共に様々な行事を作り上げて行くことを心より楽しみにしております。

 

1017日、まとめ=色本信夫)

 

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