カナダつれづれ

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旅:パリのロダン美術館

ロダンが住んでいた館が美術館に•••広い庭園に何気なく置かれた傑作の数々

 

パリにはルーブル、オルセー、オランジュリー、ピカソ美術館をはじめ、ざっと約80の美術館や博物館があります。これらを全て見て回るのは長く滞在している人でも大変です。結局、ネットや資料を調べて自分の好みの美術館や博物館を選ぶしかありません。

 

今回は昔行ったことはありましたが、長い間訪れていなかった「ロダン美術館」に行って見ました。庭園の美しさが有名なので、ちょうどバラの季節でもあり散歩がてらに行くにはちょうど良いロケーションです(実は、最近よく借りているアパートから徒歩10分のところにあります。昔住んでいたアパートからも徒歩20分くらいで行けました)。

 

オーギュスト•ロダン(August Rodin,18401917年)は日本人にはもっとも馴染みが深い彫刻家の1人ではないでしょうか?その割にはこの美術館を訪れる日本人は意外に少ないです。この美術館は、ロダンが1908年から亡くなる1917年まで住んでいた館と庭園です。

 

いわゆる日本の教科書に載っている代表作がほとんど見られます。特に街中にしては美しくよく手入れされた広い庭園内に置かれた世界的に有名な作品の数々を鑑賞できるのは感動的です。

 

 

「考える人、Le Penseur」。この像はかなり多く鋳造されていて、有名な美術館で見たことがある人も多いでしょう

 

 

「バルザック像、Balzac」                 ▲「アフロディテ、Aphrodite

 

まず、庭園コースで最初に目にするのは彼の代表作の一つ、「考える人、Le Penseur」。そのすぐそばに有名なフランスの小説家、「バルザック像、Balzac」があります。そして愛と美の女神「アフロディテ、Aphrodite」、庭園内のカフェを通り過ぎると躍動的な人間像の数々のブロンズ像が庭園の中心の噴水の周囲

に置かれています。

 

 

▲池の周囲に彫刻が置かれ、金色のアンバリッドを望む ▲アーチ型の木の門からロダンの館が見える

 

 

「地獄の門、La Porte de l’Enfer」。作品の中に独立した作品「考える人」や「3人の男性像」などが含まれています

 

森の中にも数々の像が何気なく展示されていてふっと足を止めることも。館の正面左の庭園内には、未完成ながらも大作「地獄の門、La Porte de l’Enfer」が来館者の目を惹きつけています。この作品の中に独立した作品「考える人」や「3人の男性像」などが含まれています。

 

 

「カレーの市民、Monument aux Bourgeois de Calais」  ▲ロダン美術館の庭園は花がいっぱい。右にエッフェル塔も見える

 

さらにそのすぐ近くに迫力のある「カレーの市民、Monument aux Bourgeois de Calais」像が存在感を示しています。

 

美術館内には、ロダン初期の作品「接吻、Le Baiser」や「大聖堂、La Cathedrale」をはじめ、未完成作品も含めて多くの作品が展示されています。

 

天気の良い季節は、庭園美術散歩を兼ねたひと時を味わうにはもってこいの場所でしょう。

 

【ロダン美術館のインフォメーション】

*場所:77 rue de Varenne パリ7区(金色のドームが目立つアンバリッド=

Invalidesの隣)地下鉄駅:Varenne13号線)

 

*開館時間

 火〜日曜/午前10時〜午後5時(月曜休館)

 

*入場料金

 大人:10ユーロ(庭園のみは4ユーロ)

 1825歳:7ユーロ(庭園のみは2ユーロ)

 

18歳未満 無料第一日曜はすべての人無料

 

www.musee-rodin.fr

 

20186月11日、ノンちゃん)

| 00:39 | - | - |
旅:パリ市内から気軽に行ける郊外の St-Germain-en-Laye(サン•ジェルマン•アン•レー)

ベルサイユ宮殿を建てたルイ14世生地の館や12世紀に建造された要塞城も•••

広大な庭園とセーヌ川にそった2.4キロの大テラスからパリを望む

 

3カ月間という長期にわたるSNCF(フランス国有鉄道)間引きストのこともあって、今回のパリ滞在はできるだけ近場で楽しむことにしました。ストの合間と天気予報をかね合わせて、まずはパリ郊外の St-Germain-en-Laye(サン•ジェルマン•アン•レー)に行ってみました。いつでも思い立った時に行ける距離なので、かえって一度も行ったことがありませんでした。

 

パリの西端、地下鉄1号線の終点ラ•デファンス(La Defense)から高速郊外鉄道(RER)Aに乗って、約20数分でサン•ジェルマン•アン•レーに到着します。ただ、ラ•デファンスから高速郊外鉄道Aは行き先が3通りほどあるので、必ず、行き先を確かめること。

 

 

▲サン•ジェルマン•アン•レー城。右はサン•ジェルマン教会      ▲国立考古学博物館の入り口

 

サン•ジェルマン•アン•レーは、フランス王朝の最盛期を築いた別名太陽王と呼ばれたルイ14世(16381715)が生まれたところで有名です。RERの駅を上がると真ん前にドカ〜ンと大きな城が目に入ります。この城は12世紀にルイ6世が要塞城として建てたのを16世紀にフランソワ1世が現在の城に改造したそうです。

 

その後、ベルサイユ宮殿を建てたルイ14世はその城のすぐ近くに生まれた館があることもあって、この城には愛着があり、改造に取り組んだそうです。現在は国立考古学博物館になっていて、石器から青銅器、鉄器などの道具や武器、金、銅、ガラス細工などの装飾品、神を象徴する彫刻など、先史時代の博物館としてはヨーロッパ一を誇るそうです。考古学に興味のある人には必見の博物館でしょう。

 

 

▲2•4キロに及ぶセーヌ川に沿ったテラス       ▲テラスの内側にはぶどう畑もある。遠くにパリが望めます

 

この城の特色はなんといってもセーヌ川にそって2.4キロに及ぶ大テラス(Grande Terrasse,テラス•ル•ノートル)があること。川の向こう側に遠くパリの街が一望できます。名前の通り、ルイ14世がベルサイユの庭園を造らせた設計者ル•ノートルに造らせたのです。

 

 

▲城の前庭はベルサイユ宮殿庭園風ですが、その奥には自然の森が広がっています

 

ただ、ベルサイユ宮殿庭園のシンメトリック(左右対称的)な造りだけではなく、自然な森をそのまま残したいわゆるイギリス式庭園もあります。広大な庭園は散歩やジョギング、ピクニックなどを楽しむ人たちの憩いの場になっています。庭園内に数カ所カフェもあります。

 

 

▲ルイ14世が生まれた館。現在はホテル「Pavillon Henri 検廣ゥ曠謄襪領△離謄薀垢魯譽好肇薀鵑砲弔覆っている

 

また、ルイ14世が生まれた館は現在、高級ホテル&レストラン「Pavillon Henri 検廚砲覆辰討い董▲察璽明遒鮓下ろす絶景の地にあります。

フランスの小説家、アレクサンドル•デュマ•ペール(18021870年)は、このホテルで「モンテ•クリスト伯(巌窟王)」や「三銃士」を書いたそうです。www.pavillonhenri4.fr

 

ほかにも街にフランスの代表的作曲家、クロード•アシル•ドビュッシー(1862〜1918年)の生家があり、現在は記念館になっています。代表作「海」「夜想曲」牧神の午後への前奏曲」など、印象派主義的音楽で有名です。

さらに日本美術に強い影響を受けたナビ派の画家、モーリス•ドニ(1870〜1943年)が30年間住んでいた家が「モーリス•ドニ美術館」になって、彼の作品の他にピエール•ボナール(1867〜1947年)、エミール•ベルナール(1868〜1941年)などの作品も展示しています。

 

 

ドビュッシーの生家。現在は記念館になっている  ▲憩いを求めて散歩する人たち

 

パリからほんの数十分電車で行っただけで、広々とした郊外の雰囲気が味わえるサン•ジェルマン•アン•レーは、都会の喧騒から逃れるにはもってこいの場所です。www.saintgermainenlaye.fr

 

(2018523日、ノンちゃん)

 

| 03:01 | - | - |
旅:大規模鉄道スト真っただ中のフランスで新たな経験

マクロン大統領の改革案に反対するSNCF(フランス国有鉄道)職員組合

 

5月半ばにパリに行く計画を立てたのは今年1月末ごろでした。その頃は鉄道ストのことは全く予期していませんでした。正式にストが決まったのは3月で、4月3日から6月28日までの3カ月間。それも毎日ではなく、5日間の間に2日続けて行うという何ともイレギュラーなやり方です。合計すると3カ月間のうち36日間がスト日に当たり、しかも当日100%運行を止めるわけではなく、だいたい5本に1本くらいの割合で運行する予定だとか。実際にはスト日は決まっていても、どの列車が運行されるかわからないので、全く当てにはなりません。

 

ストに該当するのは、パリ近郊高速鉄道(RER),日本の新幹線に当たる長距離高速鉄道TGVなど。通勤電車を利用する人、旅行やビジネスでTGVを利用する人たちの足を奪ってしまっているわけで、その影響は計り知れません。

 

私がパリのシャルルドゴール空港に到着した日(5月14日)もちょうどスト日にあたり、いつもならRERを使ってパリ市内に向かうのですが(パリ北駅まで25分)、今回はバス(RoissyBus)でオペラ駅まで行きました。心配したのはバスに殺到する人が多くてすぐに乗れないのではないかと思ったこと。しかし、思っていたよりバスを待つ人は多くなく、すんなり乗れました。聞くところによると、カーシェア(相乗り)やウーバー(UBER)などを利用する人が増え、スト対策がだんだん浸透してきたようです。しかし、案の定、道路は大混雑。普段は4560分でオペラ駅に着くところが2時間以上かかりました。

 

フランス国民はスト賛成?反対?

 

ではなぜこんな大規模なストが行われているのでしょうか? マクロン大統領(40歳)が就任してちょうど1年経ちました。それまでの歴代大統領が成し遂げられなかった労働法改正を始め、次々に改革に手をつけています。おかげで就任当初60%だった支持率が30%まで下がりました(一時上がった時期もありましたが)。

 

SNCF(Societe Nationale des Chemins de Fer =国鉄労組のようなもの)の改革もその一つ。年間30億ユーロの赤字を出しながら(累積赤字は約470億ユーロ)、職員の好待遇は変わらず、雇用保障、毎年の自動賃金引き上げ、職員や職員近親者に対するSNCFへの割引などが昔ながらに行われています。マクロン大統領はこれらの改革を目指し、行く行くは民営化につなげ、競争力を高めたい考えのようです。

 

国鉄の民営化では、日本も30年以上前に大きなニュースになったのを思い出します。長期間かかって結局、1987年4月に全国6地域に分割されJRとして現在に至っています。民営化によって、早期退職を募ったり赤字路線は廃線になったりと大きな代償もありましたが、サービスや利益向上のためには役に立っているのではないでしょうか。

 

一般的にフランス人は労働者の権利を守るためのストには寛容です。しかし、今回の鉄道ストは反対者が賛成を上回っていると聞いています。世論調査によると半数以上が政府の改革案を支持しているそうです。これは10%近い失業率も影響しているのかもしれません。

 

 

▲リヨン駅正面。週末の金曜日にしては人が少ない      ▲日本の新幹線と競い合っているフランスのTGV

 

こういう声を反映してなのか、スト日の5月18日(金)、パリ市内にある6つの大きな鉄道駅の一つ、リヨン駅(パリから南方面に向かう駅)に行ってみましたが、かなりの本数が運行されていました。しかし、係員に聞くと、「もちろん全部が運行されているわけではなく、時間もスケジュール通りではないので、電光掲示板を見てそれに合わせてください」とのこと。ましてや先のスケジュールなどは全くわからないようです。

 

こんなストのやり方でSNCF職員組合は効果があると信じているのかしら?

スト最終予定日が628日となっていて、フランス国民が大移動するバカンスがはじまる7月1日の前に終わるというのが何ともフランス的。フランス人はバカンスを楽しむために働いているといわれ、バカンスが終われば、翌年のバカンスの計画を立て始めるとか。フランス人のバカンスは平均1カ月間で、長い人は2カ月間も取るそうです。

 

5月26日(土)にはまた大規模なデモ行進が予定されていると報道されていましたが、さて政府の対応がどう出るのか、見守って行きたいところです。

 

2018518日、ノンちゃん)

| 00:38 | - | - |
旅:〈パリ&ポルトガルの旅8〉パリでフランスの地方料理を味わう

モンパルナス駅付近のクレープ・レストラン街

 

日本では地方へ行くと通り全部がおでん屋だったり、餃子屋、お好み焼き屋・・・なんてことは珍しくありませんが、パリでもあるのです。パリ左岸、カルチェラタンの南にあるモンパルナス駅付近の小さな通りにクレープ料理の店が約20軒ほどずらりと並んでいます。同種レストランがこれほど多く並ぶのはパリではおそらくここだけでしょう。

 

 

▲モンパルナス駅近くのクレープ屋街            ▲屋外のパティオでクレープ料理を楽しむ人

  

 

「どうしてここにクレープ屋がこんなにたくさんできたの?」。パリに長く住む私の友人によると「もともとクレープはブルターニュ地方の伝統料理で、モンパルナス駅からブルターニュ方面に行く汽車が出ているの。ブルターニュからパリへ来る人もモンパルナス駅で降りるから自然と同地方出身の人たちが集まった、という話だそう」。

 

ブルターニュは、大西洋に突き出たフランス北西部にある半島です。この半島の北側の付け根にあたるところにサン・マロ(St. Malo)という港町があります。16世紀にカナダを発見したジャック・カルチエはこの港町の出身です。私は45年ほど前にこの町に行ったことがありますが、そのころはジャック・カルチエの名前さえ知りませんでした。彼の影響か、その昔、ケベックにはブルターニュ出身の人が多かったとか・・・。

 

さてクレープの話に戻りますが、ブルターニュ特産のそば粉を使ったクレープ・ガレットというのがこの地方の名物料理です。フランス料理の高価なフォワグラやトリュフなどとちがって、庶民の安価なクレープ・ガレットは気軽に食べられる料理として浸透しました。普通の小麦粉で作ったクレープはパリの街、どこにでもありますが、そば粉のクレープ・ガレットを出す店はモンパルナス駅近辺に集中しています。

 

友人の案内で、その中でも最も評判の高い店「La Creperie de Josselin」に行きました。昼食時に行きましたが、あっという間に満席に。本店の数軒となりに姉妹店もあります。

 

 

▲そば粉をつかったクレープ・ガレット        ▲地方色豊かな「La Creperie de Josselin」の店内

 

メニューは食事のクレープとデザートのクレープに分かれています。食事用は中に入れる材料は卵、ハム、ソーセージ、チーズ、スモークサーモンなどがあり、好みで選べます。デザート用はシンプルに砂糖だけやチョコレート、栗のペーストなどがあります。お得なセットメニュー(Menu)は、食事のクレープ、飲み物、デザートのクレープが含まれていて1人13ユーロ(タックス込み。1ユーロ=約1.5カナダドル)。これを注文し、飲み物はクレープと相性のいいシードルを注文しました。

 

ちょっとおしゃべりしている間、10分もしないうちに表面がカリッと焼けたクレープ・ガレットが運ばれてきました。見た目にはそんなにボリュームがあるようには思えなかったのですが、おいしくて全部食べ終わるとお腹が満腹。決してセレブなグルメ料理ではありませんが、素朴なフランスの地方料理のひとつを味わうのも旅の醍醐味だと感じました。

 

〈La Creperie de Josselin〉

■アドレス:67 Rue du Montparnasse、Praris 14e

■Tel : 01-43-20-93-50

 

 

フランス南西地方のコンフィ・ドゥ・カナール(confit de canard

 

素朴なフランスの地方料理の代表格は何と言ってもコンフィ・ドゥ・カナール(confit de canard)でしょう。フランス南西部の伝統料理で、鴨肉を塩でよくもんでから鴨油に漬けて肉をやわらかくしたものです。一種の保存食でもあるのです。食べるときは、鴨の皮がパリッとなるくらいこんがり焼きます。皮のパリパリ感と肉のやわらかさのちがいがこの料理の身上でしょう。

 

 

▲表通りから少し入ったところにある          ▲白いゴリラの絵が飾られている店内

 

今回はパリ・マレ地区のビストロ「Le Gorille Blanc」(白いゴリラ)に行ってみました。コンフィ・ドゥ・カナールは今ではパリのビストロの定番メニューでこれを出しているところは多いのですが、あえてこの店を選んだのは、NHK教育番組のフランス語講座で、この店が「パリで一番美味しいコンフィ・ドゥ・カナールを出している」と取り上げていたからです。

 

バスティーユ広場とヴォージュ広場に近いこの店は、表通りから少し入ったところにあって知る人ぞ知る、といったいかにも歴史地区のビストロの雰囲気を持った店です。

 

壁には「白いゴリラ」の絵と写真が飾ってありました。その絵の作者はなんと日本人でした。「白いゴリラ」といえば、スペインのバルセロナ動物園にいたコピート・デ・ニエベが世界で唯一の白いゴリラとして有名でしたが、2003年に41歳で亡くなっています。店のオーナーが当日不在だったので、どうして店にこの名前をつけたのかわかりませんが、きっと白いゴリラを見て魅せられたのかもしれません。

 

 

▲コンフィ・ドゥ・カナール               ▲サーモンのソテー。お米を使った添え物も美味でした

 

この店のコンフィ・ドゥ・カナールはさすがに評判だけあって皮のパリパリ感、鴨肉のジューシーなやわらかさは申し分がありませんでした。ただ、私のふだんの味付け(ごく薄味)からすると、少々塩気が勝っていました。でも他の人はきっとちょうどいいのでしょう。付け合わせのじゃがいものソテーもおいしかったです。

 

オードブルに取った田舎風テリーヌや魚料理のサーモンソテーもオリジナル性があふれ、なかなかの味でした。

 

最後のお勘定はお酒(ビール)、デザート、コーヒーを入れて、ふたりで75ユーロ。パリのビストロとしては手頃な値段でしょう。

 

Le Gorille Blanc

■アドレス:4 Impasse Guemenee Praris 4e

■Tel:01-42-72-08-45

 

www.legorilleblancparis.fr

 

パリにあるフランスの地方料理としては、アルザス(北東部)、プロバンス(南仏)、ブルゴーニュ、ノルマンディー、バスクなどそれぞれ個性的な料理を売りにしているビストロがあります。これらは次回の楽しみにとっておきました。

 

(6月17日、ノンちゃん)

 

 

 

 

 

 

 

 

| 02:56 | - | - |
旅:〈パリ&ポルトガルの旅7〉旅のこぼれ話あれこれ・・・・

テロにもめげず、世界中から観光客が押し寄せるパリ!

 

2015年1月のパリの「シャルリー・エブド新聞社」や同年11月の「バタクラン劇場」&サッカー場、そして昨年夏、ニースでのテロ事件が相次いだフランスは、当時は観光客が激減して大きな経済打撃を受けたそうです。たしかに昨年5月にパリに行った時、観光地は閑散としてパリの人たちも暗い感じでした。

 

 

▲凱旋門付近のシャンゼリゼを行く人々         ▲大勢の観光客で賑わうノートルダム寺院前

 

しかし、今年は一変してパリの観光地は世界中から大勢の観光客が押し寄せ、活気にあふれていました。この変わり様は何故? 決してテロの脅威が治まったわけではなく、犯人が一掃されたわけでもない。まして相変わらず、非常事態宣言は解かれていないのです。

 

 

▲パリのカフェはどこも食事や談笑を楽しむ人でいっぱい  ▲エッフェル塔が眺められるシャイヨー宮も観光客であふれている

 

テロ事件が起きた当初は、「むやみに外出しないように」という、政府の勧告が出たそうで、住民たちは大好きなカフェやエンターテインメントに出かけることを自粛したそうです。でも元来社交好きのパリジャンたち。いつまでも家にこもっているわけがありません。今年になって春の訪れとともにカフェ文化に再び花が咲いたようです。まるで「閉じこもっていることはテロに負けたことになる」といわんばかりにカフェでおしゃべりする人たちの表情は明るい。

 

これにはフランスの政治も一役買っているようです。若い新鋭のマクロン氏の大統領就任で「なんだかほっとした」というのが、常識派大多数の感想だそう。EUに留まることで経済も一応安定。おかげでユーロが上がり、パリの不動産価格も昨年に比べて20%上がったということ(ただし、地区による)。

 

観光客の分類をしてみると、アジアでは中国人、韓国、ベトナムなどの団体客が圧倒的に多く、20~30年前の日本人団体客をしのばせます。またロシア、アラブ系各国、インドからの観光客も目立ちます。あれほど多かった日本人はめったに会いません。日本人の過剰反応に泣く観光業者もいます。

 

年間8000万人の観光客が訪れるフランス。彼らのほとんどがパリにくるわけですから観光地はシーズンになると、どこも人、人、人であふれます。5月、6月はまだ本格的シーズンではなく、一番多いのは7月、8月です。それでもベルサイユ宮殿では個人で入場する入り口には500人くらいの列ができていました(ツアー団体の場合は優先的に別入り口から入れる)。

 

フランスのスポーツ省は東京オリンピックの次の2024年オリンピック開催地候補にパリを掲げています。前パリ大会1924年のちょうど100年後に当たることを理由にしています。今年、9月にペルーで開催されるオリンピック委員会で決定します。それまでにテロが収まれば可能性もあるでしょうが・・・。

 

地球温暖化のせい? パリの5月で34℃が3日続く

 

パリは真夏でも30℃以上になることはめったになく、たとえなったとしても湿気が無いので過ごしやすいです。住宅用アパルトマンにエアコンのあるところはまずないでしょう。ところが、滞在中の5月末、最高34℃が3日間続き、市民はもう音(ね)をあげていました。私もパリで経験したことが無い暑さでした。そのはずです。100年ぶりの暑さとか(100年前の記録があるのかどうか・・・?)。ということは、歴史上初めての暑さかもしれません。これも地球温暖化のせいでしょうか。

 

 

▲急な暑さで扇風機を求める客に対応する商店主    ▲店の前には扇風機の箱が山積みに

 

商魂たくましさはパリの商人も同じ。さっそく街の電機店には扇風機がずらりならんでいました。道行く人の中にはさっさと扇風機を買って、箱を抱えて家路に帰る風景が見られました。昔はパリで扇風機もあまり見かけたことがなかったのに。

 

日本人好みの観光名所が多いポルトガル。ただしスリにご注意!

 

  

▲リスボンには日本人好みの魚料理レストランが軒を並べている ▲ケーブルカー

 

ポルトガルへの旅は昨年に続いて2回目。去年はひとりでリスボンだけ巡りましたたが、今年は相棒と一緒に南のファーロまで足を伸ばしました。リスボン旧市内はどこを見ても歴史的建物や教会、美術館や博物館、レトロな電車、ケーブルカーなどどれをとっても日本人好みの観光地です。その割りには日本人観光客は少ない、と思いました。スペインやフランスに比べるとイマイチ、知名度がなく、宣伝も少ないのではないでしょうか。

 

 

▲リスボンの中心地、ロシオ広場。この付近はスリがよく出没 ▲観光名所のジェロニモス修道院。この人混みもスリにとって

                             かせぎ場

 

ただ、リスボンでスリが横行しているのは有名です。私も昨年は危くやられるところでした。そして今年はその経験から十分すぎるくらい注意をしていたのですが、ついに財布をそっくりスラれました!

 

場所は満員バスの中。財布の入った小さいバッグを肩から斜めがけにしてしっかり抑えて持っていました。バスが大揺れし、立っていた私はついバッグから手を放しました。横に立っている女性がニコリとこちらを見て微笑み、見とれていた瞬間、バッグを見るとわずかにファスナーがあいていました。でもそのときはまさか、取られたとは思わず、バスから降りてすぐにバッグがいくらか軽いのに気づき、確かめると「財布がない。やられた!」。

 

財布の中には、キャッシュ約130ユーロ、クレジットカード、キャッシュ(デビット)カード、ドライバーライセンス、OHIPカード、パリの地下鉄&鉄道チケット約50ユーロ分などが入っていました。幸い、パスポートや多めの現金はホテルのセイフティーボックスに保管していたので難をまぬがれました。

 

ホテルにすぐもどり、まずはクレジット会社に報告、カードを差し止めてもらいました。残りのカード類はトロントに戻って再発行手続きをし、仮の証書をもらいました。実質的被害はそれほどでもありませんでしたが、何としても生まれて初めてスリの被害にあったことが悔しくてたまらなく、しばらくは落ち込んでいました。

 

このことを長年付き合いのあるトロントのポルトガル人に話すと「財布は肌に直接つけておくこと」と言われました。「それでも私はポルトガルが大好きだし、また行きたい」と言うと、大きなハグをしてくれました。だれでも自国をほめてくれるのはうれしいものですよね。

 

スリは別として、ポルトガル人の観光産業に対する心構えは見上げるべきと感心します。まず、語学です。リスボンだけでなく漁港のファーロでも観光に携わる人はほとんどの人が英語とフランスを話すことです。聞くと学校で学ぶ人はごくわずかで皆独学で学ぶそう。ボートツアーの運転手兼ガイドのお兄さんだって、ちゃんと話していました。

 

こうした努力もあってか、ポルトガルは現在、ヨーロッパの中で一番経済が好調で赤字から黒字になっているそうです。あの貧しいポルトガルのイメージは全くありません。わずか43年前に革命を起こしたポルトガル共和国はいろいろな新しい産業も手がけ、若い人たちも活気づいています。東京オリンピックを迎える日本も見習うべき点がたくさんあると感じました。(6月12日、ノンちゃん)

 

 

 

 

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旅:〈ポルトガル編6〉ポルトガル最南の漁港ファーロ(Faro)、魚料理が最高!!

日加タイムスの新聞がまだ発行されていたころ、ポルトガル旅行記をオンタリオ州セントキャサリンズ市郊外在住の鳥塚昌子さんが投稿してくださいました。かれこれ15 年くらい前のことです。鳥塚さん夫妻は、知人家族8人で格安のパッケージで行きました(飛行機代・7泊8日朝食付き四つ星ホテル代・レンタカー代込みで1人599カナダドル。ただし、シーズンオフの1月)。「ファーロでは魚がおいしくて、大変楽しかった」と書かれていました。その旅行記を読んでからずっと「いつかポルトガルに行ってみたい」と、思い続けていました。

 

もちろん、時がたってそんな格安のパッケージはありえませんが、魚のおいしさは変わらないと思い、リスボンからファーロまで足を伸ばしたのでした。ファーロへはリスボンから飛行機だと40分で行けますが、ポルトガルの陸地風景を見てみたいと思い、汽車で行くことにしました。

 

リスボンには行き先によっていくつかの鉄道の駅があります。ファーロ行きは市の北東にあるオリエンテ駅から出ます。リスボンからの所要時間は約3時間半。切符は全指定席で1等と2等があります(2等で往復38.5ユーロ)。食堂車はありませんが、スナックや飲み物を販売している車両にテーブル席とカウンター席があります。

 

車窓から見るポルトガルの土地はとても肥えているとは言いがたいパサパサしたところが多い感じでした(乾期だったせいもあるかもしれません)。オリーブやところによってはブドウに適しているかもしれませんが、フランスのように豊かな小麦畑や牧場とは大違い。それ故に海外に豊かな土地を求めたのでしょう。

 

豊富な魚介類に恵まれた広大なラグーンと史跡の街、ファーロ

 

 

▲ホテルの部屋から見えるラグーンに停泊しているヨットや漁船 ▲旧市街へ入る城壁の門。紫色の花が美しい

 

予約したファーロのホテルのサイトを見ると、目の前にヨットやボートが見えたのでファーロの街はてっきり海に面していると思っていました。しかし、地図で見るとたしかにファーロの市街地は海岸に面してはいないのです。海と思っていたのは広大なラグーンでした。ビーチに出るにはバスで20分ほど行かなくてはなりません。

 

 

▲炭火で焼いたすずき(Robalo)          ▲ジャンボ・タイガーシュリンプのにんにく風味焼き

 

ラグーンは大西洋とつながっているので、湖に見えますがもちろん海水。そこには豊富な魚や貝類が育っていて、天然の漁場にな

っているのです。外海から守られているので漁もやりやすいわけです。魚介類の種類は、スズキ(Robalo)、鯛、イワシ、カレイ、タコ、イカ、大小のエビ、カキ、ムール貝、あさりなど日本人が好みそうなものが豊富にあります。

 

 

▲城壁の中は狭い道路が入り組んでいる        ▲城壁の外は公園になっていて、市民の憩いの場に

 

ファーロはポルトガルにとって歴史的に重要なところで、13世紀半ば、アフォンソ3世によって再征服されるまでイスラム勢力最後の町だそうです。スペイン同様、ポルトガルもイスラム教、キリスト教が交互に統治していた痕跡が見られます。城壁に囲まれた旧市街の中はアラブ風の狭い曲がりくねった道と家々があるかと思うと広場にはカテドラルがど〜んと建っているという具合に。それがまた異国情緒があって旅人を楽しませてくれるのです。

 

潮の満ち引きがくっきりわかるラグーン・ボートツアー

 

一見、湖に見えるラグーンですが、潮の満ち干がはしけの岸壁の水のラインで分かり、海につながっていることが納得。それが一番よく分かるのがラグーン・ボートツアーです。いろいろなツアーがありますが、私たちはとりあえず、1時間のラグーン内を巡るツアー(1人15ユーロ)を申し込みました。午前の引き潮のときに行ったので、浅いところは舟底がくっつきそうなくらい。

 

ボートは10人乗りくらいの小型でしたが、このときは2人だけの貸し切りでした。サギをはじめいろいろな海鳥が見られます。不思議だったのが浅瀬の浜でしきりに大勢の人が何かを掘っていたこと。引き潮を利用してあさりや蛤の類の貝を採っているのだそう。

 

 

▲引き潮で網に養殖されているカキが見える        ▲市場のレストランで食べた生ガキ

 

 

▲タコのやわらか煮にんにく風味タパス         ▲ホタルイカのタパス

 

さらに大量の網の袋が並んでいるのが目に入りました。ボート操縦士兼ガイドの話によるとカキの養殖だそうで、潮が満ちるとすっぽり水の中に入ることに。採れるカキの8割はフランスへ輸出されるそうです。ムール貝の養殖もありました。

カキを見ると急にカキが食べたくなり、ボートツアーが終わって、街の市場内レストランで生ガキを食べました。さすが新鮮でうまい!そこではタコやホタルイカのタパスもいただき、ファーロを満喫した感じです。

 

 

▲狭い路地に並ぶレストラン街              ▲夕暮れ時の旧市街

 

たった2泊3日のファーロ滞在でしたが、小さな街なのですぐに街の主だったところは覚え、十分に楽しむことができました。(6月8日、ノンちゃん)

 

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