カナダつれづれ

カナダ在住約40年の筆者がつづる生活情報
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つれづれ随想:7月1日カナダデー、カナダ建国150周年を祝って・・・

世界で有数の住みやすい国カナダにいられる幸せに感謝

 

ふだんトロントに住んでいると周囲の緑の多さや豊富な水資源などにあまり気をとめませんが、ヨーロッパや日本に旅をして帰ってくるとこれらのありがたさを痛切に感じます。たとえば、フランスではバスタブにお湯をためるのも制限されることもあり、公共施設のシャワーはこまめにボタンを押さなければすぐに止まります。

 

アパートの廊下の電気はいちいちボタンを押してつけ、すぐに消えてしまうのは有名です。カフェのトイレもカギをかけると電気がつく仕組みになっているところが多く、最初は真っ暗な中で右往左往したこともありました。その点、カナダは豊富な水や資源に恵まれていて、「ちょっと無駄使いすぎるのでは?」と反省しなければいけないことも多々あります。

 

さらに世界のあちこちで争いや戦争が起きて、多くの難民が行き場を失っている中、カナダは平和そのものです。冬が寒すぎるとか、日本のような便利さに欠けるとか、歴史的文化遺産がないとか、いろいろ不満のある人もいるでしょうが、概してカナダは住みやすい国と世界から認められています。もっとも、過去には苦しい経験をされた先人たちもいらっしゃいますが・・・。

 

 

▲カナダデーを祝ってメープルリーフ国旗を飾っている建物      ▲カナダ国旗を売っている店も多い

 

毎年、7月1日が建国記念日としてカナダデーを祝っていますが、今年は1867年にこの記念日が制定されてちょうど150年目に当たり、オタワを初め各地の市庁舎や広場などでお祝いの行事が開催されます。ネットやローカル紙でもいろいろ紹介していますので、ぜひ参加してみましょう!

 

また、これを機会にカナダの歴史をひも解いてみるのもひとつのアイデアです。カナダデーに関してもすんなり決まったわけではなく、政治的に複雑ないきさつもあったようです。

 

 

 

カナダの歴史に関してこれまで多くの出版物がありますが、一般的にわかりやすく興味深い本をいくつか紹介します。

◎「カナダの歴史がわかる25話」(細川道久著、明石書店刊)

◎「現代カナダを知るための57章」(飯野正子・竹中豊編、明石書店刊)

◎「カナダを旅する37章」(飯野正子・竹中豊編、明石書店刊)

◎「カナダの自立と北大西洋世界」(細川道久著、刀水書房刊)

 

自分が住んでいる国のことを案外知らないことも多いのですよね。そういえば、コインをはじめ5ドル、10ドル、20ドル、100ドル札に描かれている動物や人物名を全部正確に言えるひとは何人いるかしら? そういう私もちょっと自信がありません。そっとお札を見直してみましょう。

 

(6月25日、ノンちゃん)

コミュニティーニュース:「夏祭り&盆踊り 」7月8日(土)トロント日系文化会館(JCCC)

トロント日系文化会館(JCCC)で第15 回「夏祭り&盆踊り」が7月8日(土)午後3時30分から9時30分まで開催されます。

 

 

▲水風船すくいゲーム(2016年の「夏祭り」より)         ▲盆踊り風景(2016年の[盆踊り」より)

 

催しものとしては従来のゲームや食べ物のブース、そうめんバー、ビアガーデンが設けられます。さらにさまざまなパフォーマンスが登場する予定で、ますますにぎやかになりそうです。

 

恒例のトロント仏教会主催「盆踊り」は午後7時から始まります。一般の方も参加できますので踊りの輪に入り、日本の盆踊り大会の雰囲気を楽しんではいかがでしょう。

 

 www.jccc.on.ca

 

(6月22日、ノンちゃん)

 

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旅:〈パリ&ポルトガルの旅8〉パリでフランスの地方料理を味わう

モンパルナス駅付近のクレープ・レストラン街

 

日本では地方へ行くと通り全部がおでん屋だったり、餃子屋、お好み焼き屋・・・なんてことは珍しくありませんが、パリでもあるのです。パリ左岸、カルチェラタンの南にあるモンパルナス駅付近の小さな通りにクレープ料理の店が約20軒ほどずらりと並んでいます。同種レストランがこれほど多く並ぶのはパリではおそらくここだけでしょう。

 

 

▲モンパルナス駅近くのクレープ屋街            ▲屋外のパティオでクレープ料理を楽しむ人

  

 

「どうしてここにクレープ屋がこんなにたくさんできたの?」。パリに長く住む私の友人によると「もともとクレープはブルターニュ地方の伝統料理で、モンパルナス駅からブルターニュ方面に行く汽車が出ているの。ブルターニュからパリへ来る人もモンパルナス駅で降りるから自然と同地方出身の人たちが集まった、という話だそう」。

 

ブルターニュは、大西洋に突き出たフランス北西部にある半島です。この半島の北側の付け根にあたるところにサン・マロ(St. Malo)という港町があります。16世紀にカナダを発見したジャック・カルチエはこの港町の出身です。私は45年ほど前にこの町に行ったことがありますが、そのころはジャック・カルチエの名前さえ知りませんでした。彼の影響か、その昔、ケベックにはブルターニュ出身の人が多かったとか・・・。

 

さてクレープの話に戻りますが、ブルターニュ特産のそば粉を使ったクレープ・ガレットというのがこの地方の名物料理です。フランス料理の高価なフォワグラやトリュフなどとちがって、庶民の安価なクレープ・ガレットは気軽に食べられる料理として浸透しました。普通の小麦粉で作ったクレープはパリの街、どこにでもありますが、そば粉のクレープ・ガレットを出す店はモンパルナス駅近辺に集中しています。

 

友人の案内で、その中でも最も評判の高い店「La Creperie de Josselin」に行きました。昼食時に行きましたが、あっという間に満席に。本店の数軒となりに姉妹店もあります。

 

 

▲そば粉をつかったクレープ・ガレット        ▲地方色豊かな「La Creperie de Josselin」の店内

 

メニューは食事のクレープとデザートのクレープに分かれています。食事用は中に入れる材料は卵、ハム、ソーセージ、チーズ、スモークサーモンなどがあり、好みで選べます。デザート用はシンプルに砂糖だけやチョコレート、栗のペーストなどがあります。お得なセットメニュー(Menu)は、食事のクレープ、飲み物、デザートのクレープが含まれていて1人13ユーロ(タックス込み。1ユーロ=約1.5カナダドル)。これを注文し、飲み物はクレープと相性のいいシードルを注文しました。

 

ちょっとおしゃべりしている間、10分もしないうちに表面がカリッと焼けたクレープ・ガレットが運ばれてきました。見た目にはそんなにボリュームがあるようには思えなかったのですが、おいしくて全部食べ終わるとお腹が満腹。決してセレブなグルメ料理ではありませんが、素朴なフランスの地方料理のひとつを味わうのも旅の醍醐味だと感じました。

 

〈La Creperie de Josselin〉

■アドレス:67 Rue du Montparnasse、Praris 14e

■Tel : 01-43-20-93-50

 

 

フランス南西地方のコンフィ・ドゥ・カナール(confit de canard

 

素朴なフランスの地方料理の代表格は何と言ってもコンフィ・ドゥ・カナール(confit de canard)でしょう。フランス南西部の伝統料理で、鴨肉を塩でよくもんでから鴨油に漬けて肉をやわらかくしたものです。一種の保存食でもあるのです。食べるときは、鴨の皮がパリッとなるくらいこんがり焼きます。皮のパリパリ感と肉のやわらかさのちがいがこの料理の身上でしょう。

 

 

▲表通りから少し入ったところにある          ▲白いゴリラの絵が飾られている店内

 

今回はパリ・マレ地区のビストロ「Le Gorille Blanc」(白いゴリラ)に行ってみました。コンフィ・ドゥ・カナールは今ではパリのビストロの定番メニューでこれを出しているところは多いのですが、あえてこの店を選んだのは、NHK教育番組のフランス語講座で、この店が「パリで一番美味しいコンフィ・ドゥ・カナールを出している」と取り上げていたからです。

 

バスティーユ広場とヴォージュ広場に近いこの店は、表通りから少し入ったところにあって知る人ぞ知る、といったいかにも歴史地区のビストロの雰囲気を持った店です。

 

壁には「白いゴリラ」の絵と写真が飾ってありました。その絵の作者はなんと日本人でした。「白いゴリラ」といえば、スペインのバルセロナ動物園にいたコピート・デ・ニエベが世界で唯一の白いゴリラとして有名でしたが、2003年に41歳で亡くなっています。店のオーナーが当日不在だったので、どうして店にこの名前をつけたのかわかりませんが、きっと白いゴリラを見て魅せられたのかもしれません。

 

 

▲コンフィ・ドゥ・カナール               ▲サーモンのソテー。お米を使った添え物も美味でした

 

この店のコンフィ・ドゥ・カナールはさすがに評判だけあって皮のパリパリ感、鴨肉のジューシーなやわらかさは申し分がありませんでした。ただ、私のふだんの味付け(ごく薄味)からすると、少々塩気が勝っていました。でも他の人はきっとちょうどいいのでしょう。付け合わせのじゃがいものソテーもおいしかったです。

 

オードブルに取った田舎風テリーヌや魚料理のサーモンソテーもオリジナル性があふれ、なかなかの味でした。

 

最後のお勘定はお酒(ビール)、デザート、コーヒーを入れて、ふたりで75ユーロ。パリのビストロとしては手頃な値段でしょう。

 

Le Gorille Blanc

■アドレス:4 Impasse Guemenee Praris 4e

■Tel:01-42-72-08-45

 

www.legorilleblancparis.fr

 

パリにあるフランスの地方料理としては、アルザス(北東部)、プロバンス(南仏)、ブルゴーニュ、ノルマンディー、バスクなどそれぞれ個性的な料理を売りにしているビストロがあります。これらは次回の楽しみにとっておきました。

 

(6月17日、ノンちゃん)

 

 

 

 

 

 

 

 

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旅:〈パリ&ポルトガルの旅7〉旅のこぼれ話あれこれ・・・・

テロにもめげず、世界中から観光客が押し寄せるパリ!

 

2015年1月のパリの「シャルリー・エブド新聞社」や同年11月の「バタクラン劇場」&サッカー場、そして昨年夏、ニースでのテロ事件が相次いだフランスは、当時は観光客が激減して大きな経済打撃を受けたそうです。たしかに昨年5月にパリに行った時、観光地は閑散としてパリの人たちも暗い感じでした。

 

 

▲凱旋門付近のシャンゼリゼを行く人々         ▲大勢の観光客で賑わうノートルダム寺院前

 

しかし、今年は一変してパリの観光地は世界中から大勢の観光客が押し寄せ、活気にあふれていました。この変わり様は何故? 決してテロの脅威が治まったわけではなく、犯人が一掃されたわけでもない。まして相変わらず、非常事態宣言は解かれていないのです。

 

 

▲パリのカフェはどこも食事や談笑を楽しむ人でいっぱい  ▲エッフェル塔が眺められるシャイヨー宮も観光客であふれている

 

テロ事件が起きた当初は、「むやみに外出しないように」という、政府の勧告が出たそうで、住民たちは大好きなカフェやエンターテインメントに出かけることを自粛したそうです。でも元来社交好きのパリジャンたち。いつまでも家にこもっているわけがありません。今年になって春の訪れとともにカフェ文化に再び花が咲いたようです。まるで「閉じこもっていることはテロに負けたことになる」といわんばかりにカフェでおしゃべりする人たちの表情は明るい。

 

これにはフランスの政治も一役買っているようです。若い新鋭のマクロン氏の大統領就任で「なんだかほっとした」というのが、常識派大多数の感想だそう。EUに留まることで経済も一応安定。おかげでユーロが上がり、パリの不動産価格も昨年に比べて20%上がったということ(ただし、地区による)。

 

観光客の分類をしてみると、アジアでは中国人、韓国、ベトナムなどの団体客が圧倒的に多く、20~30年前の日本人団体客をしのばせます。またロシア、アラブ系各国、インドからの観光客も目立ちます。あれほど多かった日本人はめったに会いません。日本人の過剰反応に泣く観光業者もいます。

 

年間8000万人の観光客が訪れるフランス。彼らのほとんどがパリにくるわけですから観光地はシーズンになると、どこも人、人、人であふれます。5月、6月はまだ本格的シーズンではなく、一番多いのは7月、8月です。それでもベルサイユ宮殿では個人で入場する入り口には500人くらいの列ができていました(ツアー団体の場合は優先的に別入り口から入れる)。

 

フランスのスポーツ省は東京オリンピックの次の2024年オリンピック開催地候補にパリを掲げています。前パリ大会1924年のちょうど100年後に当たることを理由にしています。今年、9月にペルーで開催されるオリンピック委員会で決定します。それまでにテロが収まれば可能性もあるでしょうが・・・。

 

地球温暖化のせい? パリの5月で34℃が3日続く

 

パリは真夏でも30℃以上になることはめったになく、たとえなったとしても湿気が無いので過ごしやすいです。住宅用アパルトマンにエアコンのあるところはまずないでしょう。ところが、滞在中の5月末、最高34℃が3日間続き、市民はもう音(ね)をあげていました。私もパリで経験したことが無い暑さでした。そのはずです。100年ぶりの暑さとか(100年前の記録があるのかどうか・・・?)。ということは、歴史上初めての暑さかもしれません。これも地球温暖化のせいでしょうか。

 

 

▲急な暑さで扇風機を求める客に対応する商店主    ▲店の前には扇風機の箱が山積みに

 

商魂たくましさはパリの商人も同じ。さっそく街の電機店には扇風機がずらりならんでいました。道行く人の中にはさっさと扇風機を買って、箱を抱えて家路に帰る風景が見られました。昔はパリで扇風機もあまり見かけたことがなかったのに。

 

日本人好みの観光名所が多いポルトガル。ただしスリにご注意!

 

  

▲リスボンには日本人好みの魚料理レストランが軒を並べている ▲ケーブルカー

 

ポルトガルへの旅は昨年に続いて2回目。去年はひとりでリスボンだけ巡りましたたが、今年は相棒と一緒に南のファーロまで足を伸ばしました。リスボン旧市内はどこを見ても歴史的建物や教会、美術館や博物館、レトロな電車、ケーブルカーなどどれをとっても日本人好みの観光地です。その割りには日本人観光客は少ない、と思いました。スペインやフランスに比べるとイマイチ、知名度がなく、宣伝も少ないのではないでしょうか。

 

 

▲リスボンの中心地、ロシオ広場。この付近はスリがよく出没 ▲観光名所のジェロニモス修道院。この人混みもスリにとって

                             かせぎ場

 

ただ、リスボンでスリが横行しているのは有名です。私も昨年は危くやられるところでした。そして今年はその経験から十分すぎるくらい注意をしていたのですが、ついに財布をそっくりスラれました!

 

場所は満員バスの中。財布の入った小さいバッグを肩から斜めがけにしてしっかり抑えて持っていました。バスが大揺れし、立っていた私はついバッグから手を放しました。横に立っている女性がニコリとこちらを見て微笑み、見とれていた瞬間、バッグを見るとわずかにファスナーがあいていました。でもそのときはまさか、取られたとは思わず、バスから降りてすぐにバッグがいくらか軽いのに気づき、確かめると「財布がない。やられた!」。

 

財布の中には、キャッシュ約130ユーロ、クレジットカード、キャッシュ(デビット)カード、ドライバーライセンス、OHIPカード、パリの地下鉄&鉄道チケット約50ユーロ分などが入っていました。幸い、パスポートや多めの現金はホテルのセイフティーボックスに保管していたので難をまぬがれました。

 

ホテルにすぐもどり、まずはクレジット会社に報告、カードを差し止めてもらいました。残りのカード類はトロントに戻って再発行手続きをし、仮の証書をもらいました。実質的被害はそれほどでもありませんでしたが、何としても生まれて初めてスリの被害にあったことが悔しくてたまらなく、しばらくは落ち込んでいました。

 

このことを長年付き合いのあるトロントのポルトガル人に話すと「財布は肌に直接つけておくこと」と言われました。「それでも私はポルトガルが大好きだし、また行きたい」と言うと、大きなハグをしてくれました。だれでも自国をほめてくれるのはうれしいものですよね。

 

スリは別として、ポルトガル人の観光産業に対する心構えは見上げるべきと感心します。まず、語学です。リスボンだけでなく漁港のファーロでも観光に携わる人はほとんどの人が英語とフランスを話すことです。聞くと学校で学ぶ人はごくわずかで皆独学で学ぶそう。ボートツアーの運転手兼ガイドのお兄さんだって、ちゃんと話していました。

 

こうした努力もあってか、ポルトガルは現在、ヨーロッパの中で一番経済が好調で赤字から黒字になっているそうです。あの貧しいポルトガルのイメージは全くありません。わずか43年前に革命を起こしたポルトガル共和国はいろいろな新しい産業も手がけ、若い人たちも活気づいています。東京オリンピックを迎える日本も見習うべき点がたくさんあると感じました。(6月12日、ノンちゃん)

 

 

 

 

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旅:〈ポルトガル編6〉ポルトガル最南の漁港ファーロ(Faro)、魚料理が最高!!

日加タイムスの新聞がまだ発行されていたころ、ポルトガル旅行記をオンタリオ州セントキャサリンズ市郊外在住の鳥塚昌子さんが投稿してくださいました。かれこれ15 年くらい前のことです。鳥塚さん夫妻は、知人家族8人で格安のパッケージで行きました(飛行機代・7泊8日朝食付き四つ星ホテル代・レンタカー代込みで1人599カナダドル。ただし、シーズンオフの1月)。「ファーロでは魚がおいしくて、大変楽しかった」と書かれていました。その旅行記を読んでからずっと「いつかポルトガルに行ってみたい」と、思い続けていました。

 

もちろん、時がたってそんな格安のパッケージはありえませんが、魚のおいしさは変わらないと思い、リスボンからファーロまで足を伸ばしたのでした。ファーロへはリスボンから飛行機だと40分で行けますが、ポルトガルの陸地風景を見てみたいと思い、汽車で行くことにしました。

 

リスボンには行き先によっていくつかの鉄道の駅があります。ファーロ行きは市の北東にあるオリエンテ駅から出ます。リスボンからの所要時間は約3時間半。切符は全指定席で1等と2等があります(2等で往復38.5ユーロ)。食堂車はありませんが、スナックや飲み物を販売している車両にテーブル席とカウンター席があります。

 

車窓から見るポルトガルの土地はとても肥えているとは言いがたいパサパサしたところが多い感じでした(乾期だったせいもあるかもしれません)。オリーブやところによってはブドウに適しているかもしれませんが、フランスのように豊かな小麦畑や牧場とは大違い。それ故に海外に豊かな土地を求めたのでしょう。

 

豊富な魚介類に恵まれた広大なラグーンと史跡の街、ファーロ

 

 

▲ホテルの部屋から見えるラグーンに停泊しているヨットや漁船 ▲旧市街へ入る城壁の門。紫色の花が美しい

 

予約したファーロのホテルのサイトを見ると、目の前にヨットやボートが見えたのでファーロの街はてっきり海に面していると思っていました。しかし、地図で見るとたしかにファーロの市街地は海岸に面してはいないのです。海と思っていたのは広大なラグーンでした。ビーチに出るにはバスで20分ほど行かなくてはなりません。

 

 

▲炭火で焼いたすずき(Robalo)          ▲ジャンボ・タイガーシュリンプのにんにく風味焼き

 

ラグーンは大西洋とつながっているので、湖に見えますがもちろん海水。そこには豊富な魚や貝類が育っていて、天然の漁場にな

っているのです。外海から守られているので漁もやりやすいわけです。魚介類の種類は、スズキ(Robalo)、鯛、イワシ、カレイ、タコ、イカ、大小のエビ、カキ、ムール貝、あさりなど日本人が好みそうなものが豊富にあります。

 

 

▲城壁の中は狭い道路が入り組んでいる        ▲城壁の外は公園になっていて、市民の憩いの場に

 

ファーロはポルトガルにとって歴史的に重要なところで、13世紀半ば、アフォンソ3世によって再征服されるまでイスラム勢力最後の町だそうです。スペイン同様、ポルトガルもイスラム教、キリスト教が交互に統治していた痕跡が見られます。城壁に囲まれた旧市街の中はアラブ風の狭い曲がりくねった道と家々があるかと思うと広場にはカテドラルがど〜んと建っているという具合に。それがまた異国情緒があって旅人を楽しませてくれるのです。

 

潮の満ち引きがくっきりわかるラグーン・ボートツアー

 

一見、湖に見えるラグーンですが、潮の満ち干がはしけの岸壁の水のラインで分かり、海につながっていることが納得。それが一番よく分かるのがラグーン・ボートツアーです。いろいろなツアーがありますが、私たちはとりあえず、1時間のラグーン内を巡るツアー(1人15ユーロ)を申し込みました。午前の引き潮のときに行ったので、浅いところは舟底がくっつきそうなくらい。

 

ボートは10人乗りくらいの小型でしたが、このときは2人だけの貸し切りでした。サギをはじめいろいろな海鳥が見られます。不思議だったのが浅瀬の浜でしきりに大勢の人が何かを掘っていたこと。引き潮を利用してあさりや蛤の類の貝を採っているのだそう。

 

 

▲引き潮で網に養殖されているカキが見える        ▲市場のレストランで食べた生ガキ

 

 

▲タコのやわらか煮にんにく風味タパス         ▲ホタルイカのタパス

 

さらに大量の網の袋が並んでいるのが目に入りました。ボート操縦士兼ガイドの話によるとカキの養殖だそうで、潮が満ちるとすっぽり水の中に入ることに。採れるカキの8割はフランスへ輸出されるそうです。ムール貝の養殖もありました。

カキを見ると急にカキが食べたくなり、ボートツアーが終わって、街の市場内レストランで生ガキを食べました。さすが新鮮でうまい!そこではタコやホタルイカのタパスもいただき、ファーロを満喫した感じです。

 

 

▲狭い路地に並ぶレストラン街              ▲夕暮れ時の旧市街

 

たった2泊3日のファーロ滞在でしたが、小さな街なのですぐに街の主だったところは覚え、十分に楽しむことができました。(6月8日、ノンちゃん)

 

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